日本で初めての保険と福沢諭吉(保険の基本)《日本一わかりやすい保険解説と用語集》

日本で初めての保険と福沢諭吉(ふくざわゆきち)



明治時代、日本に初めて近代的な保険制度を紹介したのは、一万円札でお馴染みの福沢諭吉です。
福沢諭吉は、西洋の文明や制度を日本に紹介したり、慶応義塾大学を開いたりと、わが国に多大な貢献をした人物です。



彼は、「西洋旅案内(せいようたびあんない)」という著書の中で、初めて保険について書きました
(当時は「保険」という言葉はまだなく「災難請合」とかかれていました)。
この本では、保険だけでなく、外国為替や船賃、貿易、会社経営などについても紹介されていました。


さらに、福沢諭吉は日本で初めて保険に加入した人でもあります。



1881年、日本最初の生命保険業者として、福沢諭吉門下の阿部泰蔵らによって明治生命保険会社(現在の明治安田生命保険相互会社のこと)が設立されました。



しかし、2005年、その明治生命で告知義務違反による死亡保険金の不当支払いなどの不祥事が発覚しました。
同社が国内保険業界で史上最長となる2週間という業務停止命令を、国から受けたことも記憶に新しいところです。


告知義務をした場合、契約後2年以内なら保険会社は契約を解除することができます。
しかし、明治生命の場合は、2年以上たっていたにもかかわらず、一方的に契約を解除し、保険金の支払いを拒否しました。



中には、契約する時に営業員が「かかなくてもいいですよ」と告知義務違反を勧めたというケースも少なくなかったようです。



さらに、同年7月にも約15億円以上といわれる保険金未払いのトラブルも発生、金子亮太郎社長が責任をとって辞めることとなりました。



この事件は、「一人は万人のために、万人は一人のために」という保険の相互扶助の精神に反する悲しい出来事だったといえます。
その後も、保険会社の不祥事のニュースは絶えることがありません。



<このページのポイント>

福沢諭吉・・・日本初の保険加入者

明治生命・・・日本初の生命保険業者





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